高齢者の意欲低下・引きこもり傾向に寄り添う色彩デザイン：行動を促す空間づくりのヒント
高齢者の意欲低下・引きこもり傾向に寄り添う色彩デザイン：行動を促す空間づくりのヒント
高齢者施設において、一部の入居者様が居室に閉じこもりがちになったり、活動への意欲が低下したりすることは、QOL（生活の質）の低下だけでなく、身体機能の衰えや認知機能の低下を早める可能性もあり、現場の専門職の皆様にとって大きな課題の一つです。
このような状況に対し、声かけやレクリエーションの工夫はもちろん重要ですが、日々の生活空間である施設の色彩デザインも、入居者様の心理や行動に大きく影響を与える要素となり得ます。本記事では、意欲低下や引きこもり傾向にある入居者様に対し、色彩デザインがどのようにアプローチできるのか、その具体的なヒントと事例をご紹介します。
色彩が心と行動に与える基本的な影響
色は単なる視覚情報ではなく、私たちの心理状態や行動に様々な影響を与えます。特に高齢者の場合、視機能の変化（色の識別能力の低下、コントラスト感度の低下など）があるため、色の見え方に対する配慮が必要です。しかし、こうした変化があっても、色が感情や意欲に働きかける力は失われません。
- 暖色系（赤、オレンジ、黄色など）： 暖かさや活動的な印象を与え、心や身体を活性化させる効果が期待できます。食欲増進や会話を促す効果も知られています。ただし、鮮やかすぎる赤などは興奮を招く可能性もあるため注意が必要です。
- 寒色系（青、緑、紫など）： 落ち着きや鎮静、涼しさといった印象を与えます。リラックス効果や集中力を高める効果が期待できます。広がりを感じさせる色でもあります。
- 中間色系（ベージュ、茶色、グレーなど）： 安定感や安心感を与えます。他の色を引き立てる役割も持ちます。
- 彩度（色の鮮やかさ）： 彩度が高いほど刺激的、低いほど穏やかな印象を与えます。意欲低下傾向にある方には、適度に彩度のある色が興味を引きやすい場合があります。
- 明度（色の明るさ）： 明度が高いほど軽く、明るい印象、低いほど重く落ち着いた印象を与えます。明るい色は空間を広く見せ、気分を明るくする効果が期待できます。
意欲低下や引きこもり傾向にある方は、外の世界との接触が少なくなり、刺激が不足しがちです。一方で、過度な刺激は不安や混乱を招く可能性もあります。そのため、空間に「適度な刺激」と「安心感」をバランス良く取り入れることが、色彩デザインにおける重要な視点となります。
具体的な色彩デザイン事例：意欲向上を促す空間づくり
大規模な改修は難しくても、カーテンや小物、壁の一部など、部分的な色彩の工夫で空間の印象は大きく変わります。以下に、意欲低下・引きこもり傾向のある入居者様へのアプローチとして考えられる事例をご紹介します。
1. 居室：安心感と適度な活動意欲を促す色彩
- 目的: 居室は最も長く過ごすプライベート空間です。まずは安心できる環境を整えつつ、外へ出てみようという気持ちや、部屋の中で何かしてみようという小さな意欲に繋がるような配慮をします。
- 色彩のアイデア:
- 壁の色: 全体を落ち着いた中間色（淡いベージュ、アイボリーなど）で統一し、安心感を与えます。一面だけ、あるいはベッド周りの壁に、少しだけ明るく温かみのある色（淡いオレンジ、クリーム色など）をアクセントとして使用するのも効果的です。これにより、視覚的な変化を与え、空間に奥行きや明るさを加えることができます。
- カーテン・寝具: ベッド周りや窓辺に、温かみのある色合いや、入居者様の好みに合わせた柄物を取り入れます。例えば、落ち着いた花柄や、少しだけ鮮やかなクッションカバーなどは、部屋の中での視覚的な楽しさを提供し、気分を明るくする可能性があります。
- 小物: 部屋に飾る写真立てや小さな置物、卓上カレンダーなどに、明るい色や入居者様の思い出の品の色（例えば、昔の趣味で使っていた道具の色など）を取り入れることで、過去の良い記憶や興味を刺激し、活動への足がかりとなることがあります。
2. 共有スペース（リビング・デイルームなど）：集まりやすさと活動性を高める色彩
- 目的: 共有スペースは他の入居者様やスタッフとの交流が生まれる場です。ここでの色彩は、「ここに来てみたい」「ここで何かをしたい」という気持ちを自然に引き出すことを目指します。
- 色彩のアイデア:
- 壁の一部: 人が集まる中心的なエリアや、レクリエーションを行う場所に、暖色系（オレンジ、黄色、テラコッタなど）をアクセントカラーとして使用します。これらの色は活動や交流を促す効果が期待できますが、壁全体に使用すると落ち着かない空間になるため、使用する面積や彩度を調整することが重要です。例えば、壁の腰高部分のみに色を入れる、柱を異なる色にする、といった方法があります。
- 家具・ファブリック: ソファや椅子の張地、クッション、ブランケットなどに、明るい色や温かみのある色を取り入れます。複数の色や柄を組み合わせることで、空間に活気と楽しさを与え、視覚的な興味を引きます。ただし、全体のトーンは大きく外さず、まとまりを持たせることが大切です。
- テーブル・床材: 食事をするテーブルには温かみのある木目調や、食欲を促す淡いオレンジ系のテーブルクロスを使用します。床の一部に異なる色や素材のカーペットを敷くことで、エリア分けを示すとともに、視覚的なアクセントにもなります。
3. 廊下：外へ出ることを促す色彩
- 目的: 廊下は居室とその他の空間を結ぶ通路であり、居室から外へ出るための「第一歩」を踏み出す場所です。単調な空間ではなく、外へ出ることを促すような工夫をします。
- 色彩のアイデア:
- 壁のアクセント: 廊下の壁に等間隔で絵や写真を飾る、または一部にアクセントカラーを入れることで、単調さをなくし、歩行時の視覚的な刺激を与えます。例えば、柔らかな緑色や明るいベージュなどは、心地よさと共に先に進んでみようという気持ちを促す効果が期待できます。
- 誘導サイン: トイレや食堂、共有スペースなど、主要な場所への誘導サインを、周囲の壁の色と明確にコントラストのある色（ただし、視覚的に刺激が強すぎない範囲で）にすることで、目的地への意識を高め、自発的な移動をサポートします。
入居者様の変化事例（フィクション）
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事例1：A様の変化 A様（80代女性）は、入居後数ヶ月が経過した頃から居室で過ごすことが多くなり、他の入居者様との交流も減っていました。声かけをしても反応が少なく、レクリエーションへの参加もほとんどありませんでした。そこで、A様の居室の窓辺に、A様がかつて好きだったという花の色（淡いピンクと黄色）を取り入れたカーテンとクッションを設置しました。また、共有スペースのリビングの壁の一部に、温かみのあるオレンジ系のアクセントカラーを導入しました。 しばらくすると、A様が窓辺で花を眺める時間が増えたり、以前よりリビングに滞在する時間が増えるといった変化が見られました。他の入居者様が近くにいると、以前は無反応だったのが、時折軽い会釈をするようになるなど、小さな交流も見られるようになりました。「この部屋、明るくなったわね」と話されることもあり、色彩の変化がA様の気分転換に繋がった可能性が考えられます。
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事例2：B様の変化 B様（70代男性）は、認知症の進行に伴い、活気がなくなり、臥床している時間が増えていました。「何もする気がしない」と話されることも多く、活動への意欲が著しく低下していました。B様の居室のベッド周りの壁に、落ち着いた青系の色を使用していたのを、淡い緑色に変更し、ベッドカバーやブランケットに、少しだけ明るいベージュや薄茶色を取り入れました。 数週間後、B様がベッド上で上半身を起こしている時間が増えました。また、以前は手に取らなかった新聞や本を、視線で追うような様子が見られるようになりました。スタッフが声をかけると、以前より短い言葉で応じることが増えました。淡い緑色が安心感を与えつつ、温かみのある中間色が活動への穏やかな促しとなったのかもしれません。
これらの事例はあくまでフィクションですが、色彩が個々の入居者様の心理状態や行動に影響を与え、良い変化に繋がる可能性を示唆しています。
まとめ：色彩の力を現場で活かすために
高齢者施設の入居者様の意欲低下や引きこもり傾向に対し、色彩デザインは有効なアプローチとなり得ます。温かみのある色や明るい色は活動意欲を促し、安心感のある中間色は心の安定を支えます。重要なのは、これらの効果を理解し、入居者様一人ひとりの状態や好みに配慮しながら、適切な場所と方法で色彩を取り入れることです。
大規模な改修が難しくても、カーテンやクッション、小物、照明の色味など、現場で工夫できることはたくさんあります。まずは小さなことから、入居者様の反応を見ながら試してみてはいかがでしょうか。色彩の力を上手に活用することで、入居者様のQOL向上だけでなく、ケアの質の向上、そして日々のケアにおける負担軽減にも繋がるはずです。本記事が、皆様の施設での色彩デザインの取り組みのヒントとなれば幸いです。