ケア空間の色彩デザインガイド

日常生活の「困った」を減らす色彩デザイン:入浴・着替えをスムーズにする色のヒント

Tags: 色彩デザイン, 高齢者施設, 自立支援, 日常生活, QOL向上

高齢者の日常生活における自立支援と色彩の可能性

高齢者施設にお勤めの皆様、日々のケア、本当にお疲れ様です。介護現場では、入居者様のQOL向上を目指し、様々な工夫が凝らされています。中でも、入浴や着替え、整容といった日常生活動作(ADL)における自立支援は、入居者様の尊厳や活動意欲に関わる重要なテーマです。

しかし、加齢や認知機能の変化に伴い、これらの動作に困難を感じるようになる方も少なくありません。「どこに何があるか分からない」「どうしたら良いか分からない」「何となく怖い」といった不安や戸惑いが、自立を妨げ、時には拒否につながることもあります。

実は、このような日常生活の「困った」に対し、空間の色彩デザインが有効なサポートとなりうることをご存知でしょうか。色が持つ心理的な効果や視覚的な誘導力は、入居者様が安心して、よりスムーズに身の回りのことを行う手助けとなる可能性があります。

この記事では、高齢者の視覚特性を踏まえつつ、特に入浴、着替え、整容といった日常生活の場面に焦点を当て、色彩がどのように自立支援に貢献できるのか、具体的な事例や現場で活かせるアイデアと共にご紹介します。この記事を通じて、日々のケアに色彩の視点を取り入れるヒントを得ていただければ幸いです。

高齢者の視覚特性と日常生活における色の役割

高齢になると、視覚機能は様々な変化を伴います。特に、以下のような点は色彩デザインを考える上で重要です。

これらの変化は、日常生活動作を行う際に「どこに何があるか」「次に何をすれば良いか」といった認識を難しくさせます。例えば、浴室では浴槽の縁が見えにくくまたぎづらくなったり、脱衣所では衣類の場所が分かりにくくなったりすることが考えられます。

ここで色彩の出番です。適切に色を活用することで、物の位置や境界線を明確にし、動作の順序を示唆し、さらには安心感や意欲を引き出すことが期待できます。

日常生活動作をサポートする具体的なカラーデザイン事例

場所や目的ごとに、色彩がどのように自立支援に役立つのか、具体的な事例を見ていきましょう。

1. 入浴空間:安心とスムーズな動作のために

入浴は、高齢者にとって身体的な負担に加え、滑りやすい場所であることから心理的な不安も伴う行為です。色彩によって、安全性の向上とリラックスできる環境づくりを目指します。

2. 着替え・整容空間:分かりやすさと意欲のために

着替えや整容は、その日の活動準備として重要な行為です。衣類や化粧品、日用品などが多く、整理されていないと混乱の原因となります。色彩を使って、物の場所を分かりやすくし、自分で準備をする意欲を引き出します。

現場で試せる!お手軽カラーアイデア

大規模な改修は難しくても、日々のケアの中で手軽に色彩を取り入れる方法はたくさんあります。

色彩デザインによる入居者様の変化事例(フィクション)

A施設では、入居者様の日々の生活における自立支援に課題を感じていました。特に、入浴時の戸惑いや、朝の着替えに時間がかかる方が多かったのです。そこで、試験的に特定の居室と浴室の一部で色彩デザインの変更を行いました。

例えば、浴室では浴槽の縁に沿って視認性の高い黄色の滑り止めテープを貼り、シャワーチェアを明るいオレンジ色のものに交換しました。居室では、引き出しの側面に収納物の種類を示すカラーシールを貼り、よく着る服のハンガーを青色、パジャマのハンガーをピンク色に統一しました。

すると、数週間後には変化が見られ始めました。入浴の際、浴槽の縁の色を目印に、以前よりも安心してまたげるようになった方がいました。また、着替えの際には、引き出しの色やハンガーの色を見て、自分で衣類を選び出す方の姿が増えました。「今日は青いハンガーの服を着ようかな」と、以前よりも主体的に着替えに取り組む様子も見られました。ケアスタッフからも、「以前はどこに何があるか聞かれることが多かったけれど、色の目印でご自分で見つけられるようになった」「着替えへの抵抗が減ったように感じる」といった声が聞かれるようになりました。

これはあくまで一例ですが、色彩による小さな工夫が、入居者様の「できる」を増やし、自信や活動意欲に繋がる可能性を示唆しています。

まとめ:色彩の力で「できる」をサポートする

高齢者施設の日常生活における自立支援は、入居者様のQOLを向上させる上で非常に重要です。入浴や着替えといった動作には、加齢に伴う視覚機能の変化や、それに伴う不安や戸惑いが伴うことがあります。

この記事でご紹介したように、色彩は、物の位置や境界線を明確にしたり、行動のヒントを与えたり、安心感や意欲を引き出したりすることで、これらの困難を軽減し、入居者様がよりスムーズに、そして主体的に日常生活動作を行えるようサポートする力を持っています。

大規模なリフォームや特別な設備がなくても、カラーテープ、小物の色選び、簡単な色分けといった身近なアイデアから取り入れることができます。現場の皆様の少しの工夫が、入居者様の「自分でできた!」という喜びや、日々の生活の質を高める一助となるはずです。

色彩の力を活かした環境整備は、入居者様だけでなく、ケアを行うスタッフの皆様の負担軽減にも繋がります。ぜひ、貴施設のケア空間にも色彩の視点を取り入れて、入居者様の「できる」をサポートする温かい環境づくりを進めていただければ幸いです。