ケア空間の色彩デザインガイド

スタッフの労働環境改善と入居者のQOL向上を両立する色彩デザイン:現場で活かせる色の力

Tags: 色彩デザイン, 施設環境, 介護福祉士, 生活相談員, 高齢者施設, 労働環境, QOL向上

スタッフの労働環境改善と入居者のQOL向上を両立する色彩デザイン:現場で活かせる色の力

高齢者施設の現場で働く介護福祉士や生活相談員の皆様、日々のケア、誠にお疲れ様です。入居者様のQOL向上に向けて、様々な工夫を凝らされていることと存じます。入居者様の快適性や安全性を高めることはもちろん重要ですが、そこで働くスタッフ自身の働きやすさや、心身の負担軽減もまた、質の高いケアを提供し続ける上で欠かせない要素です。

実は、施設の色彩デザインは、入居者様のQOL向上だけでなく、スタッフの労働環境改善にも大きな影響を与える可能性があります。この記事では、スタッフの皆様がより働きやすく、同時にご入居者様も快適に過ごせるような空間を実現するための色彩活用術について、具体的な事例を交えながらご紹介いたします。

色がもたらす心理的・生理的影響:スタッフと入居者の両方の視点から

色は私たちの心理や生理状態に様々な影響を与えます。特定の色は集中力を高めたり、リラックス効果をもたらしたり、あるいは注意を喚起したりします。高齢者の皆様にとっては、加齢に伴う視覚の変化から、色の見え方が若い世代と異なることも理解しておく必要があります。一方で、働くスタッフにとっても、適切な色彩環境は目の疲労軽減、集中力維持、ストレス軽減に繋がります。

質の高いケアを提供するためには、スタッフが入居者様の状態を正確に把握し、安全に作業できる視覚環境が不可欠です。例えば、介助の際に段差や手すりの位置を素早く正確に認識できることは、事故防止に直結します。また、長時間のデスクワークや記録作業においては、集中力を維持し、目の疲れを軽減する色彩計画が望まれます。

このように、色彩デザインを考える際には、入居者様の安心・安全・快適性だけでなく、ケアを提供するスタッフの作業効率、安全性、精神的な負担軽減という両方の視点を取り入れることが重要です。

施設内の場所別:スタッフと入居者の双方に配慮した色彩活用例

1. 看護・介護ステーション、記録スペース

スタッフが多くの時間を過ごし、集中力を要する場所です。 * 推奨される色の傾向: 青系や緑系。 * 効果と解説: 青色は集中力を高め、精神を落ち着かせる効果があると言われています。緑色は目の疲労を和らげ、リラックス効果をもたらします。これらの色を壁や備品の一部に取り入れることで、長時間の作業による疲労を軽減し、ミスの防止に繋がる可能性があります。ただし、全体を寒色でまとめすぎると冷たい印象になるため、木目調の家具や暖色系の小物を組み合わせて温かみを加えるバランスが大切です。 * 実践アイデア: デスク周りのパーテーションに水色や薄緑色のボードを設置する、ファイルの色分けに青や緑を活用する、観葉植物を置くなど。

2. 居室

入居者様にとって最もプライベートで安らぎの空間です。スタッフはここで介助や清掃を行います。 * 推奨される色の傾向: 入居者様の好みに配慮しつつ、壁面はベージュや薄いグリーン、ペールオレンジなど、穏やかで安心感を与える色を基調とする。スタッフの作業に必要な視覚的な手助けとなる色をポイントで使用する。 * 効果と解説: 穏やかな壁の色は、入居者様の安心感に繋がり、スタッフも落ち着いた気持ちでケアにあたれます。同時に、手すりやドアノブ、照明スイッチなど、スタッフが頻繁に使用したり、入居者様が自立して使用する可能性のある箇所に、壁面との明度差や色相差をつけた色を使用することで、視覚的な認識を高め、介助のしやすさや事故防止に繋がります。 * 実践アイデア: ベッド脇の手すりに目立つ色のテープを巻く(ただし剥がれにくい素材で)、引き出しの取っ手やスイッチ周りを他の壁面より濃い色で縁取る、呼び出しボタンの色を暖色系で見えやすくするなど。

3. 浴室・トイレ

安全確保が特に重要な場所であり、スタッフの介助負担も大きい場所です。 * 推奨される色の傾向: 床面や壁面は明るく、かつ滑りやすい場所や段差が分かりやすい色や素材を選ぶ。手すりや介助バーは壁面とコントラストをつけた色にする。 * 効果と解説: 明るい空間は清潔感を保ちつつ、スタッフが介助の際に床の状態(濡れなど)を把握しやすくなります。壁面とコントラストのある手すりは、入居者様が掴みやすく、スタッフも介助時に位置を把握しやすくなります。青系や緑系は清潔感やリラックス効果が期待できますが、体が冷えるように感じさせる場合もあるため、浴室全体をこれらの色で統一するよりは、アクセントカラーとしての使用が推奨されます。 * 実践アイデア: 浴槽の縁や洗い場の段差に滑り止め機能のある目立つ色のテープを貼る、手すりを壁の色と異なる暖色系や黄色のものにする、浴室用の椅子や介助用品の色を明るくする。

4. 廊下・共有スペース

入居者様の移動や交流、スタッフの往来が多い場所です。 * 推奨される色の傾向: 移動を妨げない、落ち着いた基調色。方向を示すサインや休憩スペースには、目的や場所が分かりやすいアクセントカラーを使用する。 * 効果と解説: 廊下は長距離になることが多く、刺激の少ない色でまとめることで、移動時の目の疲労を軽減します。共有スペースの休憩コーナーに暖色系や明るい色を使用すると、入居者様の活動意欲や会話を促進し、スタッフも入居者様とのコミュニケーションを取りやすくなります。床の色と壁の色に適切な明度差をつけることで、空間の奥行きや境界線が分かりやすくなり、スタッフの介助時や入居者様の自立歩行時の安全性が向上します。 * 実践アイデア: 廊下の壁に等間隔で絵画やポスター(季節感のあるものや、昔の風景写真など)を飾り、それが自然な目印となるようにする、休憩スペースのソファやクッションに明るい色を取り入れる、目的別のコーナー(読書コーナー、作業コーナーなど)に異なる色のラグを敷くなど。

5. スタッフルーム・休憩室

スタッフが心身を休めるための重要な空間です。 * 推奨される色の傾向: リラックス効果の高い緑系、ベージュ系、アースカラー。食欲を増進させるオレンジや黄色をアクセントに取り入れても良いでしょう。 * 効果と解説: ケア現場の緊張感から解放され、リフレッシュできるような色彩が望ましいです。緑やベージュは自然を感じさせ、心を落ち着かせます。休憩中の飲食を楽しむために、テーブルクロスや食器に明るい色を使用するのも効果的です。 * 実践アイデア: 壁の一面だけを落ち着いた緑色に塗る、カーテンをアースカラーにする、カラフルなマグカップを用意する、観葉植物をたくさん置くなど。

入居者様とスタッフに良い変化が見られた事例(フィクション)

ある高齢者施設で、以前は全体的に白っぽい無機質な空間でした。スタッフからは「目が疲れる」「どこも同じに見える」といった声が聞かれ、入居者様の中には「自分の部屋がどこか分かりにくい」「廊下が長く感じる」という方もいらっしゃいました。

そこで、施設の一部を対象に色彩デザインの変更を試みました。

これらの変更後、以下のような変化が見られるようになりました。

この事例はフィクションですが、色彩デザインがスタッフの働きやすさや入居者様の行動、精神状態に具体的な変化をもたらす可能性を示唆しています。

まとめ:色の力を借りて、より良いケア空間を

色彩デザインは、大規模な改修を行わずとも、カーテンやクッション、小物、掲示物、さらには部分的な塗装やカラーテープの活用など、様々な方法で取り入れることが可能です。スタッフ自身の作業環境を整える視点を持つことは、結果として入居者様へのケアの質を高めることにも繋がります。

この記事でご紹介したアイデアが、皆様の施設の環境改善の一助となれば幸いです。ぜひ、現場で働くスタッフの皆様自身が「どんな色があると働きやすいか」「どんな色があれば入居者様がもっと快適になるか」を話し合い、色の力を借りて、スタッフと入居者の両方にとってより快適で安全、そして質の高いケアを実現できる空間づくりを進めていただければと存じます。