ケア空間の色彩デザインガイド

高齢者の「見えにくさ」「分かりにくさ」を解消する色彩デザイン:安全な移動と自立を促す色の活用術

Tags: 色彩デザイン, 高齢者ケア, 視覚特性, 安全対策, 自立支援

高齢者施設で日々ケアに携わる皆さま、こんにちは。「ケア空間の色彩デザインガイド」編集部です。

高齢者施設での生活において、入居者の皆さまの安全と自立は、QOL向上に欠かせない要素です。しかし、加齢による視覚機能の低下や認知機能の変化により、「物が見えにくい」「場所が分かりにくい」といった課題を抱える入居者さまは少なくありません。

こうした「見えにくさ」「分かりにくさ」は、転倒や衝突といった事故のリスクを高めるだけでなく、自分でできることへの自信を失わせ、活動意欲の低下や混乱、さらには自立性の喪失にも繋がる可能性があります。

この記事では、高齢者の視覚特性や認知特性を踏まえ、「見えにくさ」「分かりにくさ」といった課題を色彩デザインの力で解消し、安全な移動や自立支援に繋げる具体的な色の活用法について解説します。現場で働く皆さまがすぐに実践できるアイデアもご紹介しますので、ぜひ日々のケアにお役立てください。

高齢者の視覚と空間認識の変化

まず、高齢者の視覚機能がどのように変化するか、基本的な知識を押さえておきましょう。

これらの視覚機能の変化に加え、認知機能の低下がある場合、空間を認識したり、物体の位置や用途を理解したりする能力にも影響が出ることがあります。「ここはどこだろう?」「これは何に使うものだろう?」といった混乱が生じやすくなります。

色彩は、このような状況にある入居者さまにとって、空間や物体に関する重要な「情報」を提供することができます。適切に色を活用することで、「見えにくさ」「分かりにくさ」による不安や混乱を軽減し、安全な行動や自立した生活を支援することが可能になります。

「見えにくさ」「分かりにくさ」を解消する色彩の活用事例

次に、高齢者施設内の様々な場所で、「見えにくさ」「分かりにくさ」を解消するために具体的にどのような色の活用が考えられるか、事例をご紹介します。

1. 廊下・階段

廊下や階段は、施設内の移動に不可欠な場所であり、同時に転倒リスクの高い場所でもあります。色彩を活用することで、安全な移動をサポートできます。

2. 居室

入居者さまにとって最もプライベートで安心できる空間である居室でも、色彩は安全と自立を支える重要な役割を果たします。

3. 浴室・トイレ

浴室やトイレは、滑りやすく、一人での動作も多い場所です。色の力で安全と自立を力強くサポートできます。

4. 食堂・共有スペース

これらの場所は、他の入居者さまやスタッフとの交流の場であり、活動の中心となる場所です。空間の分かりやすさは、参加意欲や自立的な行動に繋がります。

色の効果と実践的なアイデア

これらの事例で共通するのは、「見えにくさ」「分かりにくさ」の主な原因であるコントラスト感度の低下や色の見え方の変化に対応し、対象物の輪郭や存在を明確にすること、そして空間における情報の伝達をスムーズにすることです。

特に重要なのは、背景となる色と、識別したい対象物の色との間に十分な明度差や彩度差を設けることです。一般的に、明るい色と暗い色の組み合わせ、または彩度の高い色(鮮やかな色)と彩度の低い色(落ち着いた色)の組み合わせが見分けやすいとされています。

しかし、注意点もあります。過度に鮮やかすぎる色や、多すぎる色は、かえって入居者さまを刺激しすぎたり、混乱させたりする可能性があります。あくまで空間全体の落ち着きや安心感を保ちつつ、必要な場所に「分かりやすさ」のためのアクセントとして色を効果的に配置することが重要です。

大規模な改修が難しい場合でも、すぐに現場で試せる実践的なアイデアはたくさんあります。

これらの小さな工夫でも、入居者さまが「あれはなんだろう」「どこに行けばいいんだろう」と迷ったり不安になったりする機会を減らし、「あ、ここだな」「自分でできた」という成功体験に繋げることができます。

色彩デザインによる入居者の変化事例(フィクション)

A施設では、以前から入居者さまがトイレの場所を間違えたり、夜間に部屋から出てきて廊下で立ち止まってしまったりすることが課題でした。そこで、廊下と居室、トイレのドアに色彩を活用する取り組みを行いました。

まず、廊下の壁を落ち着いたベージュとし、各居室のドアはそれぞれ異なる、しかし識別しやすい色の組み合わせ(例えば、水色、黄緑、ピンクなど)にしました。ドアの脇には、入居者さまの好きな絵や写真を飾るスペースを設け、背景にドアの色とコントラストのある色紙を貼るようにしました。

さらに、トイレのドアは、廊下の他のドアとは明らかに異なる、視認性の高い濃い青色としました。トイレ内の便器周囲の手すりには、壁の白に対して目立つオレンジ色のカバーを取り付けました。

この変更後、スタッフから驚きの声が上がりました。「〇〇さんが、自分の部屋のドアの色を見分けて、迷わず部屋に戻れるようになった」「夜間、トイレの青いドアを探して、一人で行けるようになった方が増えた」「以前は廊下で立ち尽くすことがあった△△さんが、トイレの場所が分かって安心したのか、すぐに部屋に戻るようになった」といった報告が続々と寄せられました。

これらの事例は、色彩が単なる装飾ではなく、入居者さまの安全と自立を直接的にサポートする強力なツールであることを示しています。「見えやすさ」「分かりやすさ」を高めることは、混乱や不安を減らし、入居者さまが自信を持って行動できることに繋がるのです。

結論:色彩で「分かりやすさ」を高め、安全と自立をサポートする

この記事では、高齢者の視覚特性や認知機能の変化がもたらす「見えにくさ」「分かりにくさ」という課題に対し、色彩デザインがどのように貢献できるか、具体的な事例とともに解説しました。

段差や手すりの識別性を高めること、操作部分や家具の輪郭を明確にすること、そして場所の機能や方向を示すサインに色を活用することなど、色彩は入居者さまが空間や物体の情報を正しく認識し、安全かつ自立的に行動するための重要な手がかりとなります。

色彩デザインによる環境整備は、転倒や衝突といった事故のリスクを減らすだけでなく、入居者さまが「自分でできる」という自信を取り戻し、活動意欲を高めることにも繋がります。これは、入居者さま一人ひとりのQOL向上に大きく貢献する取り組みです。

施設全体の大規模な変更は難しくても、カラーテープや小物の活用など、現場でできることはたくさんあります。ぜひ、日々のケアの視点に「色彩」という要素を加えてみてください。入居者さまの安全と自立を支える新たな可能性が、きっと見つかるはずです。

色彩の力を借りて、「見えやすく、分かりやすい」安心できるケア空間を一緒に作り上げていきましょう。